行事・祭
9~15時に茶席。遺芳庵、野点、煎茶席の3席と、そば点心が行われる。10時20分~太夫道中。近くの源光庵から道中が山門へと練り歩く。太夫のお点前や太夫奉納舞なども催される。
信長が入洛した日を記念する大祭。拝殿では仕舞・舞楽が奉納される。「人間五十年、下天のうちをくらぶれば・・・」金剛流職分の奉納。
http://www.geocities.jp/nobunaganoyakata/rekisimaturi_hunaoka3.htm
細殿の前に土俵を設け、刃祢がピョンピョンピョンと鳥飛びのユーモラスな所作をし、「カーカーカー、コーコーコー」と3回鳴き声を出したのち、氏子の子供たちの相撲が取られる。先に行われる重陽の神事は、神饌とともに菊の花を添えて神前に奉り、無病息災が祈願される。烏相撲の後、菊酒の振舞いもある。
茅(かや)で作った直径2m余の大きな輪をくぐって無病息災を祈る古来からの神事。茅の輪くぐりの和歌(その場で配布される)を皆で唱和しながら、左まわり、右まわり、左まわりと皆で一緒に3回くぐる。
賀茂競馬(くらべうま)の起源は「きそいうま」「こまくらべ」ともいい、もとは宮中武徳殿で5月5日の節会に催され、左方右方に分かれ2頭ずつ十番で勝敗を決する、天下泰平、五穀豊穣を祈願したもの。今でいう「けいば」は多数で競うものを指し、「くらべうま」とは意を異にする。
上賀茂神社の曲水宴は、寿永元年(1182年)に神主重保(しげやす)が行ったことに起源をもつ。
川に盃を流し、自分の前に流れてくるまでに和歌を詠む平安雅の世界が繰り広げられる。
詠まれた歌は冷泉家時雨亭文庫により被講される(歌が詠まれる)。野点の席も設けられる。
葵祭(あおいまつり、正式には賀茂祭)は、京都市の賀茂御祖神社(下鴨神社)と賀茂別雷神社(上賀茂神社)で、5月15日(陰暦四月の中の酉の日)に行なわれる例祭。
庶民の祭りである祇園祭に対して、賀茂氏と朝廷の行事として行っていたのを貴族たちが見物に訪れる、貴族の祭となった。 京都市の観光資源としては、京都三大祭りの一つ。
葵の花を飾った平安後期の装束での行列が有名。
| 4月第2日曜、今宮神社。 |
京の三奇祭の一つとされている。
平安の昔、サクラの散る頃になると疫病が流行したので、疫病退散を願って始まった。この日氏子たちは花傘を中心に、子鬼、赤と黒の大鬼、囃子方等に扮して、大鬼は鉦や太鼓を打ち鳴らしながら跳びはねるように踊る。花傘の下に入ると厄除けになるので、皆が競って入り、観客もひとつになって楽しめる。
